コロナ禍におけるキャッシュフォーワーク手法の展開とその効果

エグゼクティブサマリー

キャッシュフォーワーク(Cash for Work、以下、CFW)とは、国際的に定評のある災害復興時の雇用創出手法の一つである。災害からの復旧や復興に関する事業に被災者自身を雇用し、賃金を支払うことによって、被災者の生活基盤の回復と地域の自律的な復興の促進を目指すことに特徴がある。

本CFW事業の雇用の対象となったのは、216名の職を失った若者であり (注1)、そのうち77.7%がコロナ禍で離職、もしくは、シフト減少を余儀なくされた若者であった。また、その他の22.3% に関してもコロナ禍による間接的な経済的被害が確認され、緊急的な支援の必要性が確認された者であった。雇用の過程で、64件の地域課題の解決が試みられ (注2)、その中には、コロナ禍の対応で逼迫した教育機関の消毒補助など、コロナ禍の課題解決のモデルとなっただけではなく、社会的投資収益率の高い事例も創出された。

また本CFW事業では、雇用の担い手として就労支援や地域のリーダー育成に実績のある団体が選定された結果、事業完了報告時点で110名の就労が決定しており (注1)、母数から学業を優先したいと答えた者を除くと、就労決定率は68.2%であった (注3) 。

本事業の効果として特筆すべきは、プログラム終了後に「生活基盤が安定しており、余暇や将来のために時間やお金を投資することができる」と回答した割合で、全体の50.3%を占めた。この数字は参加前の15.2%から34.8ポイント上昇しており、災害などの職を失った方々への対応として有効な手段であることが確認できた。また、雇用対象者が地域の課題解決を通じた地域とのつながりや感謝される経験を得られたこと、そして基礎職業スキルの向上や職業展望の醸成が導かれたことも本CFW事業の効果として挙げられる。

本CFW事業はNPOなどの就労支援の担い手(以下、事業実行団体)によって実施され、その活動資金は、休眠預金活用等事業の「2020年新型コロナウイルス対応緊急支援助成」の財源が活用された。資金の管理は一般財団法人リープ共創基金が担当し、提供される資金の約50%を収入が減少した45歳以下の若者の雇用に充当することを条件に、コロナ禍の課題を解決しえる事業企画を公募し、採択された事業実行団体を通じてCFWが実施された。

なお、一人当たり平均雇用時間は約354時間(1日あたり8時間労働で計算すると約44日)、一人当たり平均支援費用(実行団体の企画・運営費込み)は783,102円であった(注4)。コロナ禍の支援では、一人当たり平均支援額は相対的に大きなのものであったと考えられるが、コロナ禍の地域の課題解決への貢献や経済への波及効果も大きかったことが明らかになっている。また、本CFW事業はNPOやソーシャルビジネスなどの民間公益団体の蓄積した能力や関係性を最大限に活用して行われた事業であり、今後の大規模災害におけるキャッシュフォーワークの実装のあり方の試金石としても重要な試みであったと考えられる。

【出典】
注釈がない数字については、CFWの雇用対象者に対して実施した参加前と参加後のアンケートの結果を基に算出している。それ以外のデータに基づく分析や記述は以下に注釈として記載する。(注1) 事業実行団体による事業完了報告書に基づく。(注2)事業実行団体による事業完了報告書に基づいてプログラム数を集計した。(注3)就労率=就労決定数/推計就労希望者数で算出した。就労決定数は事業完了報告書に基づいている。推計就労希望者数は総雇用人数×推計就労希望率(アンケート回答者数のうち学業を優先したいと回答した者を除いた割合)により算出した。(注4)事業完了報告書に基づき、一人当たり平均雇用時間=総雇用時間/事業実行団体による総雇用人数、一人当たり平均支援費用=総助成額/事業実行団体による総雇用人数 で算出した。

1. キャッシュフォーワークの効果

CFW事業の主目的は被災者の生活基盤の回復と地域の自律的な復興の促進を目指すことであることは先に述べたが、CFW事業を通じた雇用は基礎職業スキルの向上や職業展望の醸成をもたらし、また、それを支えたのがソーシャルキャピタルの獲得と生活基盤の回復であった。安定した収入を一定期間得られるという経済的安定と、仕事を通じて社会とつながること、そして感謝される経験や実感を得ることが、雇用対象者の心理的状況と就労行動にプラスの影響を与えていることが推察される。

以下に、本CFW事業の成果の決定要因について相関関係を図示した。本事業の雇用対象者のうち約半数が在学中であったが、本項では就労決定を目的変数として掲げたことから、下記の図表に関しては社会人のみを母集団とした相関関係を図示することとした。ただし、因果関係は実行団体へのヒアリングや選考委員とのディスカッションに基づいて推測したものであることに留意いただきたい。

以上のグラフから、基礎職業スキルの向上、ソーシャルキャピタルの獲得、職業展望の醸成が折り重なりながら就労決定に影響していることが読み取れる。ただし、これらの三要素がどのように影響し合いながらどの程度、就労に影響しているのかは更なる分析が必要である。たとえば、ソーシャルキャピタルを主因として就労決定を可能にした層と、スキルの向上が就労決定を可能にした層は異なることも予測され、従って、支援のアプローチも大きく異なる可能性があるが、そのような問いに答えていくには追加の調査が必要である。

生活基盤の回復

本CFW事業へ参加する以前の雇用対象者の生活基盤は、72.0%が「生活基盤が十分に安定しておらず、衣食住には不自由していないが、余暇や将来のために時間やお金を投資することが難しい」と回答し最多であった。

それに対して、参加後の雇用対象者の生活基盤は、50.3%が「生活基盤が安定しており、余暇や将来のために時間やお金を投資することができる」と回答し最多となり、参加前から34.8.ポイント上昇した。

さらに、「生活基盤が不安定で、衣食住に苦しんでいると回答した割合は、12.8%から3.0%に減少した。

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ソーシャルキャピタルの獲得

本CFW事業を通じた地域社会との接触頻度について「ほぼ毎日接していた」もしくは「たまに接することがあった」と回答したのは全体の65.2%を占めた。また社会人では、事業実施後のアンケートにおいて「本事業は地域の自発的な活動と連携できている」という設問に対して、肯定的な回答をした層のほうが就労決定者の割合が高くなっており、「とてもそう思う」と回答した層の就労決定者の割合は、「あまりそう思わない」と回答した層の2.2倍となっている。

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基礎職業スキルの向上

事業実施前後で働く習慣や基礎職業スキルの変化について観察した結果、14項目のうち13項目において参加者全体の平均値は上昇していたことがわかった。そのうち統計的に有意となったのは、「自分が人の役に立つことが出来ていると感じる」および「自分に自信がある」であった。社会と接点を持ちながら仕事をして人から感謝される経験を得ることで、自己有用感や自己肯定感があがったのではないかと推測される。

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また社会人では、事業実施後アンケートにおいて「職業能力やスキルは向上している」という設問に対して、肯定的な回答をした層のほうが就労決定者の割合が高くなっており、「そう思う」と回答した層の就労決定者の割合は「そう思わない」と回答した層の2.3倍となっている。

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職業展望の醸成

「仕事を通じ本事業雇用対象者の自立を促進していると思う」、「仕事があることで将来への希望が持てる」と回答した割合は80%を超えた。

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また社会人では、参加後アンケートにおいて「本事業を通じてその後の就職にも自信がついてきた」という設問に対して、肯定的な回答をした層のほうが就労決定者の割合が高くなっており、「とてもそう思う」と回答した層の就労決定者の割合は「どちらとも言えない」や「あまりそう思わない」と回答した層の2.1倍となっている。

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2. 特徴的な雇用対象者像と全体の傾向

特徴的な雇用対象者像

本CFWの雇用対象者像として特徴的であったのは、①働く意志や習慣を持ちながらも、経済的な苦境に置かれてきたワーキングプア男性、②子育てと仕事の両立を目標とするシングルマザー、③家庭の経済的事情を潜在的に抱える苦学生という3つの雇用対象者像であった。

母集団の傾向

特徴的な対象者像だけではなく、全体的な傾向をつかむため、以下に母集団の傾向を記載した。母集団の傾向をみると、社会人男性、社会人女性、大学生と大別でき、各グループで同居状況、生活基盤について異なる傾向が見られた。

特に収入については、最高月収が10万円未満であると回答した者は社会人のうち22.2%を占め、10万円以上20万円未満と回答したのは51.9%を占めた。国税庁の民間給与実態調査(令和2年)によると、日本の平均給与は433万円(月額換算約36万円)、非正規雇用に限ると176万円(月額換算約15万円)であり、本CFW事業の雇用対象者である社会人のうち推計48.1%(注5)が非正規雇用者と同等もしくはそれ以下の給与で暮らしている現状が明らかになった。居住地や同居状況などの環境要因に左右されるものの、相対的にみて生活が困窮している層であることが推察される。

(注5){(収入が10万円未満の人数)+(収入が10万円以上20万円未満の人数)/ 2}/(社会人数)で推計した。
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3. CFWの就労環境と職種のシフト

CFWにおける仕事のやりがいについて、「非常に感じた」または「たまに感じた」と回答したのは88.2%にのぼる。業務量、責任、賃金についてちょうど良いと回答した割合は、いずれの項目においても75%を超え、80%以上の職場には教育・指導者の存在や相談者の存在が確認されている。これらより就労環境は雇用対象者のニーズに十分に配慮されていたと考えられる。

雇用対象者の仕事内容についてコロナ禍前とCFW事業を比較すると、コロナ禍で雇用に影響を受けた職種から求人が堅調な職種へシフトしていることが分かった。CFW事業における職種について割合が多い順に並べると、専門的・技術的な仕事(研究職、マーケティングなどの経営企画、IT関連の仕事など)が44名 (25.4%)、次に地域コミュニティ業務(買い物支援、コロナ対応等の地域支援業務)が24名 (13.9%) 、サービスの仕事(美容師、調理師・接客・給仕、介護サービスなど)と広報・発信(SNS運用、Webデザイン、記事制作、動画作成)の仕事が同じ22名(12.7%)と続く。一方で、コロナ禍前の職種として一番多いのは販売の仕事(店員など)で44名(29.0%)あった。コロナ禍において接客を必要とする店舗での仕事が打撃を受け、高い専門性や技術が必要とされる仕事や、地域コミュニティの業務、広報・発信業務に従事する職種へ求人がシフトし、結果としてCFW事業を通じて雇用対象者が新しい職業スキルを身につけたことが推察される。

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4. 調査手法と執筆上の留意点

本調査のアンケートの有効回答数は178(回答数は206, 有効回答数178, 就労支援対象者に占める有効回答率82.4%)で、事前と事後のアンケートが両方揃っているものを分析に使用した。アンケートの回答者は何らかの形で職を失った、もしくはシフトが減少した若者であるが、2020年度の助成対象となった事業実行団体によって雇用された若者に限定されており、コロナ禍で職を失った若者を代表するものではないことに留意が必要である。本レポートは、CFW事業の雇用対象者を対象にしたアンケートに基づいて、雇用対象者の属性、プログラム内容、事業効果という観点からまとめたものである。尚、アンケート以外のデータに基づく分析や記述に関しては、注釈をつけている。

Appendix

以下の項目についてチャートを掲載している。

Appendix 1: 母集団の傾向について

  • コロナ禍前の最高月収と同居状況
  • コロナ禍による就労への影響
  • コロナ禍前の仕事についてシフトの減少または離職の理由
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Appendix 2: CFW事業を知った経緯や応募動機について

  • CFW事業を知った経緯
  • CFW事業への応募動機
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Appendix 3: CFW事業に係る業務や経験について

  • 仕事の指示や判断の程度
  • 新型コロナウイルス感染拡大前の業務経験の活用
  • 本事業のトレーニングで習得したスキルや心構えの活用
  • CFW後の就労先への就職経路
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