私達人間はコンピューターと違って、1つの1つの出来事に影響されやすく、全体を見てそこから判断するのが苦手です。
例えば、コロナによる致死率は0.1%前後だとは早い時期から言われてました。それは生存率が99.9%ということでもあります。さらに年齢が20代より若ければ致死率はほぼゼロでした。それでもテレビなどで有名人の死が報道されたりすると、あたかも自分も死ぬかのように恐れたりするものです。
こうした間違いは私達が「ベースレート」と言われる、データを元に、または歴史的に見た上で客観的に導き出すことができる確率を都合よく無視する、または単純に忘れてしまうからです。
結婚や友人関係といったプライベートなことから、もちろんどんなビジネスにおいても、より良い意思決定をするには「ベースレート」が欠かせないにもかかわらず、以外にこの重要なコンセプトはあまり知られていません。
そこで今回は、「Insensitivity To Base Rates: An Introduction」というベースレートの重要さについていくつかの例を交えながら説明している簡潔なエッセイがあったので、みなさんと共有したいと思います。
以下、要約。
統計の世界では「ベースレート」とは人口や数の割合のことを言います。例えば、ニューヨークに住んでる人口、新生児、くまの数、などです。ベースレートを知っていれば、あるランダムに選ばれた人について特に追加の情報がない場合、その人がどんな人なのかを推測できます。
例えば、「人口の10%が左利きだ」というベースレートを知っていたとき、ある人がランダムに現れ、あなたはその人が右利きか左利きなのか当てなくてはいけないとしましょう。その人が右利きか左利きかのヒントになる情報は特に与えられていなかった場合、あなたはその人が左利きである可能性は10回に1回ほどだと推測するでしょう。
ところが、私達は普段何かを推測する時、このベースレートのことをしばしば忘れてしまいます。これはよくある心理的なバイアスなのです。
ここで、「From Smart Choices: A Practical Guide to Making Better Decisions:」という本の中にある例を見てみましょう。
ドナルド・ジョーンズは図書館員か営業マンのどちらかです。彼の性格は内向きだと説明されました。さて、彼が図書館員である確率はどれくらいでしょうか?
セミナーなどでこの質問をすると、たいていの場合こういったかんじの反応が得られます。
「そんなの明らかに彼は図書館員ですよ。図書館員はたいていの場合内向きな人が多いし、逆に営業マンは外向きで明るい人が多いですから。彼が図書館員である確率は90%でしょう。」
もっともらしいですね。
しかし、これは完全に間違っています。
このロジックがまずいのは、世の中には図書館員よりも営業マンの方がかなり多いという事実を考慮していないからです。実際アメリカの場合、営業マンの数は図書館員の数に比べると100対1ほどです。
ドナルド・ジョーンズが内向きだということを考慮する前に、あなたはまず彼が図書館員である確率は1%だというところからスタートするべきなのです。これがベースレートです。
その上でこの「内向き」という性格について考えてみましょう。男性の図書館員の半分が内向きな性格で、営業マンの場合たったの5%が内向きな性格だとしましょう。この傾向からすると、図書館員はより内気な人が多いと言えるでしょう。
しかし、この新しい情報を元の営業マンは図書館員の100倍いるというベースレートに提供すると、1人の内向きな図書館員に対して10人の内向きな営業マンがいるということになります。
つまり、ジョーンズが図書館員であるという確率はこの時点では10%であり、90%ではないのです。ベースレートを忘れると、とんでもないレベルのいい加減な推測をしてしまうという例です。
別の例を見てみましょう。
長年ウォーレン・バフェットの長年のパートナーとしてバークシャー・ハサウェイ社で副会長を務め、最近亡くなったチャーリー・マンガーはこのベースレートに関して、従業員の盗みの例を使って説明してくれます。
盗みがばれた、とあるストアで働く従業員は「今まで一度もしたことがありません、今後二度としません。」と主張しました。
あなたは、私達の持っている会社の一つであるSee's Candyで働く小さな年老いた婦人がキャッシュレジスターに手を出したという1つのある出来事に出会ったのです。
そして彼女は言います。
「今まで一度もこんなことをしたことはありません。今後も二度と行うことはありません。これは私の人生を台無しにしてしまいます。どうか助けて下さい。」
あなたは彼女の子供も彼女の友達も知っています。彼女は30年近く働いていて、毎日キャンディの売り棚の後ろに立って働いてきたのも知っています。年老いた婦人には、輝くような生活が待っているわけでもありません。それに対してあなたはこの会社の社長で、お金持ちで権力もあります。そんなあなたの目の前で彼女は訴えます。
「今まで一度もしたことはありません、そして二度としません。」
それでは、彼女が一度も過去に盗みをしたことがないというのはどれくらいの確率なのでしょうか?
もし、あなたの全国に展開するストアでは1年に10件ほどの従業員による盗難が見つかっていた場合、それらの人たちがそのバレたときが初めての盗みであったという確率はどれくらいでしょうか?
これがベースレートです。
盗みを一度やったことがある人がバレなければまた盗みをしようとする場合に、彼らは何というでしょうか?
See'sキャンディの場合、彼らはいつも
「一度もしたことがありません、二度としません。」
と言うのです。
そして、私達は彼らを解雇してきました。解雇しないのは悪です。というのもこうした悪事は何もしなければ拡がるだけだからです。
次にMax Bazermanによる「Judgment in Managerial Decision Making」の中にある例を紹介しましょう。
カーニマンとトベルスキーが1972年に出した論文で説明されたように、ある特定の情報が明らかで説得力のある時、私達の「ベースレートを無視する」という傾向は特に強くなります。
ある実験の参加者たちは、あるTonyという人が「パズルが好きで、数学が得意で、内向きだ」という簡単な説明を受けました。
参加者に2つのグループに分けられ、1つ目のグループの参加者たちは、Tonyは70人のエンジニアと30人の弁護士からなるグループから選ばれたと言われました。
もう一つのグループの参加者たちは、Tonyは30人のエンジニアと70人の弁護士からなるグループから選ばれたと言われました。
その後、参加者たちはTonyがエンジニアである可能性を推測するよう言われました。
彼らは、最初に受けたTonyに関する簡単な説明が、Tonyがエンジニアか弁護士であるかどうか明らかにしないと認めているのですが、それでもほとんどの参加者はその説明はエンジニアである傾向が強いと信じます。
そこで彼らはどちらのグループであれ、Tonyはエンジニアであると推測しました。
彼らの推測はTonyがエンジニアであるベースレート、つまりあるグループでは70%、別のグループでは30%というベースレートを考慮したものにならなかったのです。
他に何の情報も与えられていない場合、つまり最初の簡単な説明がなかった場合、参加者たちはベースレートを正しく使いました。個別の情報がない場合、人々はベースレートに敏感であり、Tonyが弁護士が多数派であるグループから選ばれたのであれば、彼はおそらく弁護士であろうと推測するのです。つまり人々はベースレートという情報の重要さを理解しているということです。
しかし、特定の情報が提供された場合、ベースレートはゴミ箱に捨てられてしまうのです。
ベースレートを無視することは不幸な結果を呼び込んでしまいます。
例えば、カップルが結婚前に結婚を解消する際の取り決めである「婚前契約」を結ばなかったせいで、必要のない感情的なストレスが離婚のプロセスにおいて引き起こされてしまうのも同じ理由です。婚前契約を結ぶのはこれからの結婚を信じてないかのようにネガティブに捉えられがちです。しかし、婚前契約を作らないと決めるのは、それぞれが結婚に対して間違った思い込みをしていることによるものです。それは実際には離婚するベースレートは高いにも関わらず、それは自分たちには当てはまらないという思い込みです。(アメリカの2023年の離婚率は40%から50%、日本は35.5%ほどとのことです。)
もちろん、これは投資においても同じです。以下は過去にSanjay Bakshiにインタビューしたときの会話の一部です。
歴史を勉強することで得た大きな教訓のうちの一つはベースレートという概念です。ベースレートは事前に持っている確率という意味です。例えば、酒に酔っ払った運転手は、シラフの運転手に比べて事故を起こす確率がはるかに高いといったように。
それでは、IPO(株式公開)に投資することのベースレートはどうでしょうか?IPOのときに株を買い、その後で売れば、もしそのIPOがとても人気のあるものであればあなたはお金を儲けることができます。逆に、あまり人気のないものであればあなたはお金を失います。
しかしそのベースレート、つまりIPOに投資することで利益を得ることができる確率の平均は、長期的にみてどれくらいでしょうか?
もしそれを計算すれば、IPOに投資する(といってもこういうのはむしろ投機というべきですが)ベースレートはあまりにも悪いものです。これはある特定の国の場合に、というわけではありません。どのマーケットでも、どの時代であって同じなのです。
これが歴史を勉強することから学ぶことなのです。航空会社に投資することのベースレートが悪いのはあなたも知っているのではないでしょうか。どうやったらミリオネア(1億円を超える金持ち)になれるかという有名なジョークがあります。
「まず1000億円用意し、航空会社を買いなさい」
というものです。
これはただのジョークではなく実際航空ビジネスによく当てはまることなのです。そして、実はこれはたくさんの他のビジネスにも当てはまるのです。
例えば製紙業界を見てみましょう。製紙業界の資本利益率の平均はとても悪いのですが、それはもっともな理由からです。というのもコモディティを売るビジネスだからです。ものすごく大量の資金を必要とするビジネスです。そしていつも供給過多です。ミクロ経済を理解している人であれば、価格を決めるのはあなたではないということは明らかです。そうした環境における過当競争のために資本利益率はいつもあなたの期待を下回るのです。
これに気づくのは大変ではありません。(もっとも私には長い時間がかかりましたが。)世界中の製紙会社の過去の記録を見てみればいいのです。そして世界中の航空会社、世界中のIPO、世界中の繊維企業を見てみればいいのです。
もちろん、いつも例外はあります。それでも私はいつも湖の例え話をします。
あなたは漁師です。たくさんの魚を釣りたければ、沢山の魚がいる湖に行かなくてはいけません。そもそも、あまり魚のいない湖などには行かないでしょう。たとえあなたが優れた漁師だとしても、たくさんの魚がいる湖に行かない限り、たくさんの魚を釣ることはできないのです。
歴史を学ぶことから偉大な教訓を得ることができます。それは、何がうまく行ったのか、何が失敗になったのかを観察し、その2つから学ぶことで得られるのです。
以上、訳終わり。
ベイズ統計の世界では事前確率として知られているこのベースレートという概念は、より良い意思決定を行うためにとても役に立ちます。
説明されると当たり前のようですが、感情的で主観的、さらに短絡的に考えがちな私達人間はついついこのベースレートのことを忘れてしまう、または眼の前にあってもあえて無視してしまいます。
しかし、これはチャンスでもあります。というのも、ほとんどの人がこのベースレートを考えずに意思決定をしている世界で、あなたはベースレートを考慮した上で意思決定をする練習をし続ければ、いつかみんなが流されている(または騙されている)世界と現実的に起きうる世界のギャップを見つけることができます。そして、そのギャップこそが投資においても、ビジネスにおいても、そして人生においても、あなたにとっての大きな飛躍のためのまたとないチャンスとなるのです。
ぜひ、意思決定をする際にはいつもベースレートのことを思い出してください!
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