こちらのWeekly Updateでも以前中国のAI戦略を紹介しましたが、実はこの15ヶ月くらいの間に他の主要な国々もAIテクノロジーの利用と開発にあたっての戦略を発表しています。

こちらにそれぞれの国のAI戦略がハイレベルで簡単にまとめられています。どの国もフォーカスとプライオリティに差があって、お国柄が出ていると思います。

もちろん日本もしっかりと、さらに実は世界でも2番めに国家レベルでのAI戦略をまとめ発表しています。2016年4月に、「未来投資に向けた官民対話」における安倍首相の指示を受け、人工知能の研究開発目標と産業化のロードマップを作るための「人工知能技術戦略会議」が創設されています。

産官学を代表する11人のメンバーからなりますが、ほとんどが官僚で、あとは東大の学長、トヨタとKDDIの会長といったメンバーです。

3つのフェーズがあるようです。

  1. 様々なドメインでのAIの使用を進める
  2. 個々のドメインを超えた形でのAIの一般活用を進める
  3. 各領域が複合的につながりあい、エコシステムが構築される

フォーカスとしては、

などが挙げられています。

すでに何回か会議があったようですが、その内容が公表されているので軽く目を通してみましたが、どうも既得権益主導で守りの姿勢が強く感じられるものでした。国が主体となってAIの基礎技術を開発するとか、その知的財産を押さえるとか、既存の大企業がAIのベンチャー企業を資金面、事業化でサポートすることでプラットフォームを形成するだとか、どれも方向性に疑問を感じるものばかりです。

しかし、それでも現在世界で起きているAI革命というコンテキストの中で、国としての競争力に危機感を持ち、戦略会議というかたちで動き始めることが出来ているのは素晴らしいと思います。やり方には問題があったとしても、やっていくうちに何がうまくいって、何がうまくいかないかを学んでいってどんどん軌道修正していってもらえればと思います。もちろん、こういう国家プロジェクトにありがちな、間違っていると気付いても止めることが出来ないという状況に陥ってしまうのだけは避けてほしいものですが。

他の国のAI戦略はそれぞれのお国柄が出ていておもしろいです。特に欧米では倫理というものを非常に重要視しています。

ここでは、いくつか参考になるのではと思ったいくつかの欧米の国の戦略を紹介します。

(続きはこちらのリンクよりどうぞ。)

カナダ

カナダは実は現在起きているAIのブレイクスルーを作った人達や大学がある場所でもあります。ですので他の国に比べて人材や教育という点からは少し優位です。

彼らのAI戦略は4つのゴールがあります。

  1. AIの研究員と修士以上の卒業者を増やす
  2. 3つの優れた科学分野のクラスターを作る
  3. AIが経済、倫理、政策、そして法律に及ぼす影響に関する思考リーダーシップを開発する
  4. 国レベルでのAIのリサーチ・コミュニティをサポートする

カナダのAI戦略は他の国に比べてだいぶ違います。というのも主に研究と人材に焦点を当てています。いくつかのイニシアチブはどれもカナダのAI分野の研究と人材育成という分野での国際的なリーダーとして立ち位置を強化することに焦点が置かれています。他の国に見られるような戦略的なセクターに対する投資や、データとプライバシーといったものは見られません。

デンマーク

デンマークは今年の1月に、「デンマークのデジタル領域での成長のための戦略」というのを発表していますが、それはデンマークをデジタル革命のリーダーとするもので、そこから国民のための成長と富を生み出すというものでもあります。

特別にAIだけにフォーカスするのではなく、AI、ビッグデータ、IoTの3つにフォーカスしたものになっています。

彼らの戦略には3つのゴールがあります。

  1. デンマークのビジネスがデジタルテクノロジーを使うのが最もうまくなるようにする
  2. デンマークが、企業がデジタルトランスフォーメーションを起こすのに最高の場所となる
  3. 全てのデンマーク人が必要なデジタルのスキルを持って競争できるようにする

さらに次のような3つのイニシアチブも発表しています。

  1. デジタル・ハブ・デンマーク(デジタルテクノロジーのための官民が協業できる場)
  2. SME:デジタル(デンマークの中小企業のデジタルトランスフォーメーションをサポートする体制)
  3. テクノロジー協定(国レベルでのデジタルスキルの向上を目指すイニシアティブ)

この国の戦略のすごいのは、国がAIに振り回されていないということですね。彼らが言うように、AIのうまいシリコンバレーの企業というのはすでにデジタル化もしくはソフトウェア化されています。だからこそ、データを集めやすく、顧客のことも理解しやすく、データを分析することで得られた仮説の実験をすばやく行うことができるのです。つまりビジネスがデジタル化されていないのにAI、AIと騒いでみても実は何も変わらないのです。彼らはそのへんをしっかりと理解しているようで、その上でどうやって既存の中小企業をデジタル化させるのか、どうやってすべての国民のデジタル(コンピューター)のリテラシーを上げるのかということを課題としています。

これは大変素晴らしい問題の設定だと思いますし、こうした、その時その時の流行りに流されるのではなく、地に足の着いた戦略というのはうまくいくのではないでしょうか。日本を含め多くの国が大きく旗を振ってはみたものの、最後にそれをどこに落とすのかよくわからないといった戦略を策定している中で、こうした戦略を策定してくる当たり、デンマークの政府は、国の経済、国民のことを本当に真剣に考えているんだなという気がします。もちろん、これは私の推測に過ぎませんが。

北欧・バルト海地域

今年の5月にデンマーク、エストニア、フィンランド、ファロー諸島、アイスランド、ラトビア、リトアニア、ノルウェー、スウェーデンといった北欧・バルト海地域の国々が集まって、「AI宣言」というものを発表しています。これらの諸国が次の6つの点に関して協力していこうとするものです。

  1. スキルの育成の機会を増やす
  2. データへのアクセスを強化する
  3. 倫理的で透明性のあるガイドライン、標準、原則、価値を定義する
  4. プライバシー、セキュリティ、信用を可能にするためのハードウェアとソフトウェアの標準を作る
  5. ヨーロッパのデジタル・シングル・マーケットでの議論にAIが主要なトピックとなるようにする
  6. 必要のない規制を防ぐ

最後の「必要のない規制を防ぐ」というのをしっかりと「AI宣言」の中に含めることが出来るのがさすがだなと思います。「AIの脅威」によっていたずらにどんどんと必要以上に規制ができてしまったり、さらには既存のシステムをもとに作られた規制をそのまま当てはめようとしては、せっかくの「AIによる恩恵」が得られなくなってしまいます。

イギリス

イギリス政府が持っている大きな産業戦略の一部としてAI戦略を発表していますが、それはイギリスをAIの世界でのグローバル・リーダーとして位置づけることを目標としています。

パブリックとプライベートの研究開発を促進、STEM(Science, Technology, Engineering, Mathmatics)教育への投資、デジタルインフラの改善、AIの人材開発、データの倫理に関するグローバルなレベルでの会話を主導するといったものが焦点となっています。

国内と海外企業からへのプライベートセクターへの£300 million にのぼる投資、アラン・チューリングインスティチュートの拡大、チューリング・フェローシップの開始、データに関する倫理とイノベーションセンターの創設などが含まれます。

イギリスにはアラン・チューリングという第二次世界大戦中にドイツのエニグマと呼ばれる暗号システムを解読するための機械を作り、さらにそういったシステムのことをAIと呼び始めた、言ってみればAIの父とも呼ぶべき人がいたのですが、イギリスはこの資産を最大限に活かそうとしています。

ちなみに、アラン・チューリングは戦後、当時は違法であったゲイということで捕まり、ホルモン療法を強制的に受けさせられ、その2年後に41歳の若さで死んでしまうという(死因は公式には自殺)悲劇的な扱いをイギリス政府に受けているのが、なんとも皮肉です。

ところでイギリス議会の貴族院のAI特別委員会が、AIの発展が経済、倫理、社会に与える影響を10ヶ月に渡って調べた結果を”AI in the UK: ready, willing, and able”というレポートにまとめています。

主に以下のようなことを政府に提案しています。

さらに、イギリスがAIのグローバル・ガバナンスをリードするべきだと促し、まずは2019年にグローバル・サミットをホストすることを薦めています。

こういうところが、さすがイギリスという感じですね。彼らはいつも国際社会でのリーダーシップ、つまりルール作りで主導権を握る事を考えています。特にガバナンスや倫理に関してはすでに主導権争いがヨーロッパの中でもドイツ、フランスとの間で始まっています。それにしても、この国、サミットするの大好きですよね。

アメリカ

他の国々と違って、アメリカ政府はAIの投資を増やすとか、様々な組織をまたがる国としてのAI戦略は特に策定していません。

前オバマ政権の最後の頃に、ホワイトハウスがアメリカの戦略の土台となる3つのレポートをまとめていました。最初のレポート「Preparing for the Future of Artificial Intelligence」は、AIの規制、公的な研究開発、自動化、倫理と公平、セキュリティに関する具体的な提案が書かれています。二つ目のレポート「National Artificial Intelligence Research and Development Strategic Plan」は公的予算を使うAI領域の研究開発のための戦略が書かれています。最後の「Artificial Intelligence, Automation, and the Economy」というレポートでは自動化のインパクトに関する詳細とAIによる利益を増加し、そのコストを回避するために必要な政策に関しての提案がされています。

現トランプ政権はAIに対して違ったアプローチを取ろうとしています。それは自由市場主義ともいえるものです。今年の5月にホワイトハウス主催のAIのサミットが開かれましたが、そこで大統領のAIへのアプローチとして4つのゴールが説明されました。

  1. AIでのアメリカのリーダーシップを保つ
  2. アメリカの労働者を守る
  3. 公的な研究開発を促進する
  4. イノベーションのための障壁を除く

最後の点ですが、アメリカ政府はアメリカの企業が柔軟性を持ってイノベートし、成長できるように規制障壁を取り除くことに集中するとのことです。

さすが、アメリカですね。実はこの規制の問題はヨーロッパのいくつかの国もAI戦略の中で触れていましたが、何十年も前からあるような既存のシステムを守るような古いルールをまじめに守っていたのでは、特にAIの分野でのイノベーションはおこしにくいでしょう。アメリカの政治や官僚のトップの中にも、今日のようなインターネットがあってモバイルがあってAIがある時代には今までのやり方をそのまま守るのではなく、全てのことを「Re-imagineしてRe-think」するべきだと言う人がいたりしますが、このへんがアメリカの強さだと思います。ようは、民間企業、特にスタートアップがイノベートして新しい産業を作って、経済をよくし、雇用を増やしていくのだから、政府としては彼らがそうしたことをやりやすい環境を作ることで貢献すべきという態度です。これは現トランプ政権に限らず、前オバマ政権でもそうでした。そうだからこそ、AirbnbやUberのような、既存の枠組みを超えたような新しいスタートアップが出てくることができるわけです。

日本のAI戦略とは全く逆の方向を向いているのがこのアメリカの戦略だと思います。

後、やはりこれもアメリカならではですが、アメリカの軍によるAI関連の研究開発に対する投資が何千億ドルという規模らしいです。これは機密になっていないプロジェクトに対するものなので、実際にはもっとあるのでしょう。インターネットを始め、たいていの技術がそうですが、やはり軍による投資なり需要なりというのはこうした新しい技術の発展には欠かせないというのが現実なのでしょう。