AIモデルの頭脳 - GPUを巡る熾烈な戦い

先日、毎年発行される「AI最新レポート2023年版」が出ましたが、その中でもAIモデルをトレーニングする際に欠かせない、ある意味AIの頭脳とも言える半導体チップGPUに関する情報が大変興味深かったので、こちらに簡単にまとめてみました。

AIスタートアップのファンドはGPUに消えていく

世界的に半導体不足が言われていますが、特にAIの頭脳とも言えるGPUの供給が需要に追いついていない状態です。特にChatGPTのような最近のAIは、そのモデルの精度向上のためにたくさんのGPUを使った並列処理を必要とします。そしてそのGPU市場は基本的にNVIDIAの独占状態なのですが、作っても作っても足りない状態のようです。

そこで、現在のAIブームの下、世界中でこのGPUの買い占めが起きています。例えば、以下のようなAIスタートアップはそれこそ何万という規模のGPUを使ったクラスター環境を自社で用意しています。

これが、最近のスタートアップ(主にAIスタートアップ)への投資額が、下のチャートにあるように以前に比べて天文学的な数字になっている理由です。

こうして集めたお金の大半がGPUの購買、つまりNVIDIAへ向かうことになります。

GPUを買い漁る既存のテックジャイアント

GPUを買い漁っているのはAIスタートアップだけではありません。Google、Meta(Facebook)、Appleなど、既存のテック大手も競ってこの分野に大量投資を行っています。

例えば、最近Appleが今年620ミリオンドル(約930億円)、来年には4.75ビリオンドル(約7125億円)をAI用のサーバー環境構築に投資する計画とのことです。今年だけで 2,000から3,000台のサーバーを購入し、来年には2万台のサーバーを購入するとのこと。これらのサーバーはNVIDIAのH100というGPUを搭載したもので、1台あたり25万ドル(約3750万円)ほどすることのこと。(Apple Could Spend $4.75 Billion on AI Servers in 2024

しかし、実はAppleはGPUを大量に使ったAI環境を作ることに関しては遅れている方です。

GPUサーバークラスターの規模で世界のトップを行くのはMeta(Facebook)やTeslaだったりします。以下はA100というタイプのGPUの数をチャートにしたものです。

さらにより新しいモデルのH100は以下ですがGoogle、Oracle、Teslaといったおなじみの企業やInflectionというシリコンバレーのスタートアップがトップを占めています。

GPUクラウド

もちろん、シリコンバレーの資金が潤沢なAIスタートアップやテックジャイアントでない限り、多くの会社、とくにスタートアップや企業内の組織は自前で大量のGPUを用意できません。そこで、そういった顧客に対して大量のGPUを元にしたコンピューター処理能力をAWSのようにクラウドプラットフォームとして提供しようとするサービスが、現在増えているとのことです。

もちろん、こうしたサービスを提供する企業はNVIDIAのパートナーだったりします。

GPUは新しい石油か?

そして、そこに目をつけたのが中東の石油マネーです。

サウジアラビアやUEAなどは、自国に大量のGPUを備えたスーパーコンピューター環境を用意しています。

実は彼らがターゲットにしている顧客は中国の企業らしいです。というのも、現在アメリカ政府はNVIDIAを含めアメリカの半導体企業に対してGPUを含む大半の半導体製品、技術の中国への販売を禁止しています。そこで、NVIDIAのGPUを喉から手が出るほどに必要とする中国のAI企業は、アメリカの規制対象になっていない中東の国でGPUのデータセンターを作りそこで自社のAIモデルのトレーニング(学習)を行うという形です。アメリカの規制をかいくぐるために生まれたビジネス機会ということですね。いつまで続くのかは分かりませんが。

いずれにせよ、ものすごい額のGPUを使ったコンピューター環境への投資が現在中東で進行中とのこと。

例えば、アブダビでは大量のGPUを備えた世界最大のスーパーコンピューター環境を構築するために、900ミリオンドル(約1,350億円)もの額の契約をアメリカのCerebrasという企業と結んだとのことです。そして、こうしたお金の大半もまた、大量のGPUを獲得するためにNVIDIAに流れてくことになります。

GPUの王様、NVIDIA

こうした世界的なAIのためのGPUブームもあって、NVIDIAの収益はすごい勢いで増えていますが、その中でもデータセンター関連の収益(以下のチャートの青いバー)は前年比で171%増となっています。

こうした状況を受けてNVIDIAの株価も大きく上がり、その企業価値(市場価値)は最近では 1.1トリリオンドル(約160兆円)となり、現在世界で8社ほどしかない「トリリオンドル(約150兆円)クラブ」の仲間入りを果たしています。

GPUを自前で作るテックジャイアント

こうした世界中の急激なGPU需要を受けて、GPU不足が深刻になっています。AIに使うGPUは現在市場の80%ほどを占めるNVIDIAによる独占状態ですが、NVIDIAの生産は需要に追いついていない状態です。

またGPUのコストも問題になっています。

以下はそれぞれのクラウドベンダーのAI支出のCAPEX(資本的支出)に対する割合です。

Microsoftは14%近く、GoogleやMetaなどでは6%近くを費やしていますが、これらの多くがNVIDIAのGPUに流れるのです。

さらにテック企業にとって問題なのは、どこも同じGPUを使っているために、AIの頭脳にあたるコンピューター処理において競争優位をどの企業も作れないということです。

そこで、大手AI企業(Microsoft、Google、、Tesla、OpenAIなど)は自社でのGPUの設計、開発、または買収をしようとして動いています。

  • Microsoft to Debut AI Chip Next Month That Could Cut Nvidia GPU Costs - リンク
  • Exclusive: ChatGPT-owner OpenAI is exploring making its own AI chips - リンク
  • Tesla AI & Robotics - リンク

AIそして半導体企業としてのTesla

すでに気づかれたと思いますが、Google、Microsoft、Metaなどと並んで、Teslaも大規模のGPUのコンピューター環境を構築しています。

多くの人が知ってるようにTeslaは自動運転に力を入れているので、これは不思議ではないかもしれません。もちろん、AIが使われる領域は何も自動運転のみにとどまりません。車の走行に必要となる機能、バッテリーを含むエネルギー、運転するにあたっての全てのエクスペリエンス、こうしたもの全てが、AIによる自動化、最適化の対象となります。そしてその対象となるデータは現在アメリカ中を毎日走っているTeslaの車から集まられてくるビデオを含めた大量のデータです。

そこで、AIに対して大きな投資をこれまでにもしてきたTeslaは現在、さらにその名も「ドージョー(道場)」という名のAIモデルをトレーニングするための新しいGPUのコンピューター環境を構築中です。そこでは今年2023年の夏時点ですでに1万以上のH100のGPUを備えていましたが、その数は年明けには10万を超え、来年中には30万を超えるとのことです。

そして、そのTeslaはFSDチップやDojoチップと呼ばれる半導体チップを自社設計、開発していることもよく知られています。

ちなみに、現在テック企業で自社半導体を設計、開発しているのは世界でも、Tesla、Apple、Amazon、Facebook、Baiduの5社しかありません。

これは前から私も主張していることですが、Teslaはただの電気自動車の会社ではなく、電気というエネルギーの会社で、バッテリーの会社あり、ソフトウェアの会社であり、そしてAIの会社なのです。これが既存の車会社がまったく太刀打ちできない理由なのです。既存の車会社は、アメリカでもヨーロッパでも日本でもどこでもそうですが、電気自動車を石油から電気へのエネルギー源の変化、それに伴うハードウェアの問題と捉えがちです。

そのせいもあってか、電力になったことで、iPhoneのように全てはソフトウェアでコントロールできるようになった、そして現在そのソフトウェアをコントロールするのはAIになりつつある、という変化を認識し、さらに対策をたてることができていないというのが厳しい現実です。

Teslaは車を動かすソフトウェアを自社で作り、AIをトレーニングするクラウド基盤、データセンターを自前で作り、そしてさらにはAIチップであるGPUを自前で作ろうとしています。Teslaは自動車産業で圧倒的な競争優位を作るために、将来に向けて大きな投資を行い続けています。

まとめ

今回は、現在世界のAI業界ではGPUの争奪戦争が起きているという話をしました。テキスト処理が得意なChatGPTや画像に強いMidjourneyなど、最近のAIは劇的な進化を続けています。しかし、こうしたAIは大量のデータとそれらを処理するための大規模スーパーコンピューター環境が必要となります。そしてこうしたコンピューター環境は現在、大量のGPUを使ったクラスター環境を必要とします。こうしたパラダイムシフトにうまく対応し、思い切った先行投資をした企業が次の時代のテックジャイアントとなるのでしょう。

ただ残念ながら、本文中にも見てきたように、こうした投資を行うことができているのは主にシリコンバレーの企業と中国の企業に限られているようです。ソフトウェアの波、データサイエンスの波に乗り遅れた日本は、AIの波にも乗り遅れてしまうのでしょうか。

日本の将来を心配するものとして、日本にいるより多くの人に、こうした危機感を持っていただきたいと思います。


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