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AIが株式市場を打ち負かす日はまだまだやってこない理由

AI(正確に言うと機械学習)は予測が得意ということで、よく株や先物商品の価格の予測もAIでできるのかと言う話がよく出てきます。そうした淡い期待があると思います。

実際、ウォールストリートのヘッジファンドをはじめとする投資会社は80年代ころから積極的にコンピューターを使ってデータから予測モデルを使い、それによってうまく行っている会社もあれば失敗する会社もあればという繰り返しが行われています。

そもそもここ10年ほどでこそ、データサイエンスとかAIという言葉が人気を呼び、こうした領域で能力のある人はシリコンバレーへ向かうのが普通となりましたが、以前はこうした人たちの多くはクオンツ(Quantz)と呼ばれ、ニューヨークのウォールストリートに向かったものでした。

それでは、現在のようにAIがある意味当たり前になった今日では、そうしたヘッジファンドによる投資というのはすでに最新のAIのアルゴリズムやテクノロジーによって、自動化され成果を上げているのかというと、残念ながら事態はそんなにバラ色ではありません。。

それにはいくつかの理由があるのですが、こちらの「Computer models won’t beat stock market anytime soon」というBloombergの記事にうまくまとめられていたので紹介します。

1. データが変わり続ける

例えば人間の顔は、基本的には整形手術でもしない限り絶えず変わり続けることはありません。なので機械学習のアルゴリズムを使えば同じ人の顔を認識することが可能です。

それに対して、金融に関するデータは常に変わり続けます。

ファイナンシャル・マーケットではデータは劇的に、そして予測できないような形で変化します。例えば、公定歩合がヨーロッパの多くの国や日本でマイナスになるという、それまで想定されていなかったような事態がおきうるのです。

2. シグナルよりも圧倒的に多いノイズ

株価は絶えず変わり続けます。そしてそれはいつも納得の行く理由のために変わるというわけではありません。たいていの値動きは経済学者が言うところのノイズ取引と言われるものなのです。

先ほどの顔認識の例で行くと、暗闇の中で取られた人の写真を使ってその人物を認識しようとするようなものです。その写真のほとんどのデータはノイズ、つまり役に立たないただの黒いピクセルなのです。

この分野の研究者はとても小さく、見つけることが難しいようなシグナルにフォーカスしています。それは将来の価格を、51%の確実性で予測することができるかもしれない程度であるのも関わらずです。

元ルネッサンス(ヘッジファンド)の研究者であるWhitneyが言うには、

「私達は見つけることができるかできないかのようなパターンを探しているのです。」

とのことだ。

3. サンプルとなるデータが少なすぎる

実は過去の株価のデータは比較的少ないのです。

例えばこれから1年の株価の動きを予測しようとしたとしましょう。頼りになる過去データという意味ではせいぜい1900年ころからの株価のデータとなるのですが、それでも118年分のデータしかありません。つまりUSには118個のデータポイントしかないということになります。

これをFacebookが行っているような画像認識と比べてみて下さい。彼らは毎日3億5000万ほどの写真を毎日処理しているのですが、こうして得られる大量のデータをもとに顔認識を行っているのです。

さらに画像認識ではシンプルな様々なやり方、例えば写真を傾けたり、色を変えたり、といったことを行うことでデータの量を一気に増やすこともできます。

しかし金融に関するデータの場合、このように人工的に生成したデータを使って予測に役立たせということは難しいというのが現状です。

成功している投資会社はどうやって解決しているのか

1. オルタナティブ・データの使用

クアント・マネージャーは、マーケット・データを使って予測するときの問題を回避するために、別のタイプの情報を探したりしています。

例えば、サテライトからとった駐車場の写真、ソーシャルメディアのデータなどといった、オルタナティブデータと呼ばれるデータを使ったりしています。

こうしたオルタナティブデータを使うことは、これまでのような過去のマーケット・データからシグナルを探し出すためのスキルを持たない企業にとっては比較的やりやすいことかもしれません。

ただ問題は、そうしたデータというのは誰でも簡単にアクセスすることができるようになってきているので、そのうちこうしたデータを使うということが競争優位ではなくなってしまうでしょう。

2. プラットフォームを提供して市場の動きを直接探知する

ヘッジファンドの中には、自分たちで高頻度取引のプラットフォームを提供しているものもあります。このことで、彼らはマーケットの胴元となることができ売り手と買い手をマッチングさせることで利ざやを稼ぐことができます。

しかし、ここで重要なのは、こうしたプラットフォームを運営することで市場の動きに関する深いインサイトを得ることができるという点です。

3. シンプルな予測モデルの構築

ノイズの多いデータの複雑性のため、ほとんどの企業では予測モデルを可能な限りシンプルなものにしようとします。ルネッサンスで10年ほど研究者としてたずさわってきたNick Pattersonが言います。

「ルネッサンスが使うツールのうちの一つは線形回帰で、それは高校生でも理解できるものだ。それはシンプルで、よくある間違いを回避する方法さえ知っていれば、効率的に使えるものである」

4. 因果関係の理解に努める

コンピューターが一人でシグナルと戦略を考えるような、ほんとうの意味で自動的に動く投資システムを作りたいなら、研究者は因果関係の問題を解決しなくてはいけません。それは、例えばある銘柄の株における上昇が、利子率の低下といっしょに起きると言ったことに気づくだけでなく、なぜそうなるのかという理由を説明できる必要があります。

人間はこうした考えを行うことが得意で、AIは今のところ、個の分野では進化の初歩的な段階にあるに過ぎないのです。


あとがき

AIによって株や先物などの投資を行うことでマーケットに勝つことができる、と言う話は誰もが夢見ることで、それはAIに関わる多くの人達が試してきたことです。しかし、この世界で、コンピューターサイエンティスト、データサイエンティスト、またはAIの研究者がものすごいお金持ちになったという話はいまだかつて聞きません。

しかし、だからといってAIまたはアルゴリズムがヘッジファンドや投資会社に使われていないかというと、そんなことはありません。彼らは、今のAIブームが来るよりもはるかに前から試行錯誤を繰り返し、いくつかは成功を収めてきています。

以前とりあげたこともありますが、Ray DalioのBridge Waterは早くからアルゴリズムを彼らの投資戦略のコアとして使い、そのことで成功してきたことは有名です。

  • 世界で一番大きなヘッジファンドはすでにAIを意思決定に使っている - Link

ただ、このようなAIやアルゴリズムを使うことで、長期間に渡って成功している投資会社に共有しているのは、AIによって全てを自動化させるのではなく、人間の方が得意な点、不得意な点をはっきりさせ、その不得意な点をAIで補完するという点です。

AIは休むことなく精度を落とすことなく複雑な計算処理を行い続けることができます。さらに大量のデータでも適切なコンピューターのリソースが与えられている限り処理し続けることができます。さらに人間と違って感情がないのでどんなに市場がパニックになっているときでも、冷静に処理し続けることができます。

しかし、AIは複雑な世界での投資戦略を構築するために決定的に重要な因果関係に弱いです。ここは現在は人間のほうが圧倒的に優れている点です。

以前別の記事でも取り上げましたが、アルゴリズムに予測させるというよりも、データから因果関係につながる仮説の構築のためのインサイトを取り出すことに重きを置くことで、人間がAIを使いこなし、よりよい投資判断を行っていくことができるということではないでしょうか。

そして、こうしたときに使われるAIというのは中を開けると、結構比較的シンプルな、昔から統計の世界でよく使われているようなモデルであるというのは、今回の記事にも書かれてましたがよくあることのようです。


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