今でこそ、大ヒットしているAmazon Echoなどのボイス・アシスタントであるAlexaのおかげですっかりAI先進企業としてGoogle、Facebook、Appleなど別のAIカンパニーと真っ向から勝負しているAmazonですが、ほんの数年前でさえ、今日のようなAIカンパニーとしてのAmazonを想像することができた人はほとんどいなかったのではないでしょうか。

もし8年前にAmazonがAIの業界でどれだけ強い勢力なのかと聞かれたら、彼らはそもそもそこには存在しないと答えたでしょう。しかしこの間に彼らはとても積極的に成長した結果、今となっては強力な勢力であるのは確実です。 Pedro Domingos, コンピュータサイエンス教授、University of Washington

先日、Wiredマガジンの“How Amazon Rebuilt Itself Around Artificial Intelligence”という記事の中で、Eコマース、クラウド・カンパニーとして有名なAmazonがどのようにしてAIファースト・カンパニーとして生まれ変わっていったのかについて詳しく書かかれておりました。

今日はそちらをここで簡単に要約して紹介したいと思います。

以下、要約


AmazonがどのようにしてAIファースト・カンパニーに変身したか

How Amazon Rebuilt Itself Around Artificial Intelligence - Link

Amazonのレコメンデーション・エンジンは、それこそレコメンデーションの代名詞としても有名で、創業以来この20年で地道な進化を遂げてきたようですが、数年前からそこにディープラーニングを使うというプロジェクトを初めたころから、AmazonのAIファースト・カンパニーとして生まれ変わる道のりが始まったそうです。

そうして次に、対話型のAIアシスタント、Alexaの開発が始まるのですが、最初からこれを作り上げることができる人材が社内にいたわけではなかったので、最初はそうした人材の採用に苦労したようです。何と言っても、お金に糸目をつけない、そしてAIの研究者に自由な空間を与えることで有名なGoogleやFacebookといった企業と人材獲得の競争をすることになるわけです。

Amazonの顧客第一主義は、研究にお金をかけるよりも、顧客にとっていかに役に立つものを早く安く提供するかに重きを置きます。そういった環境はAIの研究者には必ずしも魅力的とはいえません。さらに当時のAmazonはシリコンバレーの企業と違って研究の成果を公表する、もしくはオープン・ソースするという文化がありませんでした。

実際、現在はFacebookでAI研究所の所長を務めるYann LeCunという人を、それ以前にまだNYU(ニューヨーク市立大学)でデータサイエンス研究所の所長であった時に雇おうとしていたらしいのですが、彼は結局Facebookを選ぶことになります。彼はその頃に、Amazonの本社で600人ほどを相手に講演をしたらしいのですが、講演のあとに小さなグループに別れてそれぞれのチームとのディスカッションの時に感じた秘密主義、つまり質問しても何も答えてくれないということが、行きたくなかった原因らしいです。さらにFacebookは彼のチームが行うほとんどの研究結果を公表することを保証してくれたというのも彼がFacebookという民間の企業で研究を続けることを決断する原因だったようです。

たださすがに、最近ではAmazonでもAI研究者は研究の成果を公表できるらしいです。これはAppleでも聞いた話です。Appleほど秘密主義で有名な会社はないですが、彼らもそれが故にAI分野の人材の獲得に苦労していたらしいですが、最近は特にこの分野ではAppleもオープンになってきています。Appleの機械学習のチームがどんなことをリサーチしているかというのは、現在こちらのブログのページで積極的に公開されています。

何はともあれ、タレントのあるAIの人材を惹き付けることに苦労していた当時のAmazonですが、キャッシュは大量に持っていたので、いくつものAIに関する会社の買収をし、それによって人材の確保を始めるという戦略に打って出ます。これがその後のAlexaの開発に役立ったようです。

2011年にYapというスピーチをテキストに変える技術を開発していた会社を買収。2012年にイギリスのケンブリッジにある対話型のソフトウェアを開発していたEviを買収。2013年にはポーランドのテキストをスピーチに変える技術を開発していたIvonaを買収しています。

ところで、当時のAmazonに加わることになったAIのエンジニア、研究者にとってはAmazonのAIに関するドメイン知識のなさというのは問題というよりもいいチャンスであったようです。例えば、GoogleやMicrosoftであればスピーチ認識に関してはもう既に何年もの間様々な研究がなされ、すでに製品やサービスとしてリリースされてるものもあったわけですが、Amazonではゼロからスタートすることになるわけです。新しいものを作りたいといったクリエイティブな人たちにとって、仕事をしやすい環境であったといえるでしょう。

こうして初代のAmazon Echoを開発し市場に投入し、実際にユーザーがAlexaとインタラクトしはじめると、Alexaの脳に当たる部分、つまり計算処理が行われる部分はクラウドにあるので、そのデータがどんどんとAmazonのクラウドの方に大量に集められていきます。そしてこれがAmazonにとっては良い相乗効果を産んでいったようです。つまり、より多くの人がAlexaを使うと、より多くのデータをもとにAlexaをさらにトレーニングできるのでAlexaの品質がさらに良くなる、さらにAmazonの機械学習に関するインフラも改善される、そして何よりそこで集めれたデータをもとに様々な研究ができるということでAI、機械学習分野の研究者がどんどん集まってくるということです。AIの開発、研究にはデータ量がものをいうので、持っているデータが非常に多いとそれ自体が研究者を惹き付ける材料になります。もともと、AIの研究者がGoogleやFacebookに行きたいという理由も実はここにあります。

現在、AIのタレントはAmazonの社内の様々な部署に散らばっているようです。AI本部といった中央集権的なオフィスはさすがに無いようですが、そのかわりに、機械学習の技術の普及を社内で促進、またはその使用をサポートするための部署があるようです。さらに、GoogleやFacebookに習って社内でのAIのタレントの育成にも力を入れているようです。AIのイニシアティブが始まった頃は社内の機械学習の会議には数百人が参加する程度だったものが、今では数千人もの人たちが参加しているようです。

現在でもAmazonが社外、社内で行うすべての活動にAIを使うために様々な取り組みが行われているようです。例えば、最近では配送に使う箱のサイズをどうやって最適化させるかや、在庫の需要予測のクオリティをにどうやって向上させるかなどです。

”家電に関わって30年が経つが、そのうちの25年の間のフォーキャストは人間の勘、エクセル、ダーツの矢を投げて行っていた。フォーキャスティングに機械学習を使い始めてからエラーの率がはるかに下がりました。”


以上、要約

現在、AIにおける業界再編の波が吹き荒れていますが、シリコンバレーのGoogle、Facebookに代表される技術力とさらにはデータを集める力のある企業群が勝ち組としてすでに勝負が決まっている感があります。しかし、このAmazonのAI素人カンパニーから、AIファースト・カンパニーへの自己変革の例は、現在AI、データサイエンスに関しては出遅れている会社への参考になるのではないでしょうか。もちろん、資金力は必要となりますが、そのへんは日本の企業にとっては問題ではないでしょう。あとは決断力と強いリーダーシップではないでしょうか。