プロダクトの成功の鍵を握る指標とゴールの設定の仕方

If You Can't Measure It, You Can't Improve It. 

計測できなければ、改善できない。

 by ピーター・ドラッカー

「Kaizen(改善)」という言葉は数少ない、アメリカや英語圏のビジネスの世界でも通じる日本語です。日本の製造業を代表するような言葉でもあります。

ところが、いざみんなどうやってビジネスを「改善」していっているかというと、とにかくひたすら「がんばる」みたいな状況に陥ってる場合も多いようです。

「マネジメント・経営」の分野で優れた功績を残したピーター・ドラッカーの言うように、数字として計測できないのであれば、改善するのは不可能です。何をもって、改善しているかという基準がないからです。

そこで、特にビジネスの世界においては「改善」の判断基準のために指標を定義するということになるのですが、これが結構難しい。さらに、ここで間違った指標を定義してしまうと、人間は数字を上げるために向かっていくことが得意なので、そもそもその指標を作った目的を忘れ、数字を上げることばっかりが優先されてしまい、肝心のビジネスが思ったように成長しないという状況に陥りかねません。

そこで、今回は最近取り上げることが多い、世界のベンチャー・キャピタル業界では泣く子も黙る、セコイア・ベンチャーから、「プロダクトの成功の定義:指標とゴール」という記事が出ていたのですが、その中で指標とゴールを定義する時に気をつけるべきことが書かれていたので、ここで紹介したいと思います。

以下、要訳。


Defining Product Success: Metrics and Goals - Link

ゴールはミッションを戦略、ロードマップ、イニシアチブ、戦術に結びつけるために必要で、そのためには目標とそれを達成するための時間の制約を持った指標を使うことになります。

正しい指標を定義する

あなたのビジネスとチームにとってもっとも重要な一つの指標とは何ですか?

Facebookであれば、アクティブ・ユーザーの数、WhatsAppであれば、送られたメッセージの数、eBayであれば商品の総売上高(Gross Merchandise)、PayPalであれば支払いの総額といったものになります。

このトップラインの指標が決まったら、その指標の成功基準を決め、モニターし、何がその指標の数字を上げるのかを理解し、その数字を正しい方向に導くために必死になるのみです。こうしてあなたのプロダクトの調子がどうなのかを評価し管理することができるようになります。

それでは、どのようにトップラインの指標を定義していけばいいのかをeBayの例を使って見ていきましょう。

eBayのトップラインの指標

まずは、プロダクトのビジョンを明確に言葉にする必要があります。

eBayのビジョンは「テクノロジーをもとにして、全ての人にオープンで、人々によって作られるコマース(商業)」です。ミッションは、「他にない品揃えで、すぐれた価値のあるものを発見するために、世界の人たちが集まってくる場所になる」ことです。

誰もがどんなものでも見つけることができ、それらを適正な価格で提供できるというのがeBayの最終的なゴールとなります。

このゴールを成し遂げるためのトップラインの指標とは何でしょうか。

サイトでショッピンをしている「アクティブユーザー」ではありません。そうした指標では、ユーザーが彼らが欲しいものを本当に探せているのか、適正な価格で提供されているのかということを計測することができません。

それでは、「アクティブな購買者の数」というのはどうでしょう? これは、ユーザーが欲しいものを見つけることができ、それらが適正な価格で提供されているということを計測するにはいいかもしれません。しかし、「他にない品揃え」というeBayのミッションの一つの要素を計測することができません。

それでは、売る側のユーザーに注目した指標はどうでしょう。「売り手の数」という指標はどうでしょうか?しかし、これは販売者のアイテムの品揃えを計測することができません。

リストアイテムの数はどうでしょう。これは販売製品がユニークなのか、在庫が売れているのかを計測することができません。

理想的には、販売されたアイテムのユニークな数を計測できる指標が望まれます。この数字が大きくなると、買い手が自分の欲しいものを適正な価格で見つけることができていることを示します。それゆえ、この場合の「正しい指標」とは、ユニークな品揃えの売上総額が、市場に占めるシェアとなります。

しかしこの指標は、定義し、計測し、成長させるのが複雑で難しくなります。そこで、eBayではGross Merchandise Volume (GMV)という指標を使うことにしました。ある一定の期間にどれだけ商品が売れたかということです。

実はこの指標ではユニークな品揃えかどうかを把握することができていないのですが、それでもeBayのビジョンとミッションのスピリットを捉えることができています。

それでは、トップレベルの指標を選ぶ時に気をつけるべきことの話をします。

トップレベルの指標を選ぶ時に気をつけるべき8つのこと

1. 一つ以上の指標を選ばない

意味のある一つの指標は全組織をまとめ、さらにチームがプライオリティを設定するために欠かせません。

ビジネスのすべてのことをモニターするために、複数の指標を選びたいかもしれませんが、それは賢明とは言えません。多くの指標はそれぞれが相関関係にあったりします。それらは、トップレベルの指標を動かすのに役立つかもしれませんが、それ自体を計測するにあたって重要でないか、気が散ってしまう元になります。

より多くの指標があればあるほどより複雑になるので、ここではシンプルにすることに心がける必要があります。

2. 中身のない、アクションの取れないような指標を避ける

例えば、ソーシャルメディアでいくつの「いいね」を取得したか、というのは一般的には、ビジネスの結果や顧客のサクセスとは関係がありません。

3. 複数の指標から一つを選ぶ時、コントロールすることができるシンプルなものを選ぶ

例えば、「広告主の数」が「収益」と相関関係にあり、「広告主の数」が計測しやすく動かしやすい指標なのであれば、「広告主の数」を指標として選ぶ方がいいでしょう。

もしサンプルサイズが小さく、計測するのに時間のかかる指標に興味がある場合は、それと相関関係にある指標をモニターすればいいといった場合もあります。

4. あなたのプロダクトをどれくらい使っているのかを理解するための指標を選択する

例えば、FacebookやInstagramであれば最も重要な指標は、アクティブユーザーの数です。こうしたビジネスの成長を測るにはアクティブユーザーに関する指標を選ぶことができます。例えば、DAU(Daily Active User)、WAU(Weekly Active User)、MAU(Monthly Active User)などで、これらはたいていの場合それぞれの間に相関関係があります。

どれをモニターするかはプロダクトがどういう頻度で使われているのかしだいです。こうしたアクティブユーザーの指標はコンシューマー向けのプロダクトにとっては最も重要なトップレベルの指標です。

5. 指標を変えることに尻込みしてはいけない

これはドタバタ劇につながることにもなりますが、間違った指標を追うよりも、ミッションをより正確に表わしているような指標を追うことのほうが重要です。

もし変える必要があるのであれば、後回しにするのではなく、さっさと行なうべきです。

6. 成長のエンジンをつなぐシンプルな指標を選ぶ

新しいユーザーの獲得を増やしたいとしましょう。そこで潜在顧客にメールを送ると、そのうちの僅かな一部の人たちはあなたのウェブサイトを訪れることになるでしょう。

そしてその中の一部のユーザーはサインアップをし、さらにその中の一部のユーザーがアクティブユーザーとなるでしょう。

こうした数字から、ユーザー・アクティベーションの問題に関して考えるためのシンプルなフレームワークを作ることができます。これらのどれかを増やすことでアクティブなユーザーの数を増やすことができるのです。

例えば、サイトには訪れるがサインアップに結びついていない人の数が増えた場合、サイトを訪れている人の中でサインアップをしている人たちの割合を見るというのはもっともらしいやり方かもしれません。

7. 反対の指標を考えてみる

eBayでは、反対に動く指標として売れたアイテムの一意の数とリストに残っているアイテムの一意の数というのがありました。もし反対の動きをする指標が一定か減少しているようだと、それはミッションから離れていっていることを示しているのかもしれません。その場合は、こうした反対の動きをする指標が減少しないようにするというゴールを明確にセットする必要があります。

eBayではGross Merchandise Volume (GMV)の指標はいつもみていましたが、反対の動きをする指標に注意することで複雑な状況の時でもビジネスをしっかりと管理していくことができました。

8. あなたのビジネスが進化するに従い、指標を変えていく

あなたのトップレベルの指標は時間が経つに連れ変わる必要があるかもしれません。

例えば、モバイルの時代になる前は、Facebookのようなプロダクトにアクセスする数は今に比べて圧倒的に少なかったです。というのも今日と違って、どこにいてもアクセスできるというわけではなかったからです。

モバイルのユーザーが増えるにつれ、この手のビジネスは主要な指標をMAUからDAUに切り替えました。

こうした進化は会社が新しいプロダクトを出すときにもよくあります。例えば、Amazon VideoはAmazonのウェブサイトへの訪問数を増やすことになりましたが、このことはトップレベルの指標を変えることにつながりました。

ゴールを選ぶ時の6つのアドバイス

指標とゴールは密接に関係しているので同時に考えていく必要があります。

正しい指標とゴールが決まれば、プロダクトチームが実行できる戦略とロードマップを作っていくことができます。ゴールはあなたが達成したいことを明確にする必要があり、ビジネスの成長のためのものであるべきです。

例えば、アクティブ・ユーザーの数を増やしたいとき、ゴールは、「2018年のQ4までにMAUを1000万ユーザーにする」と定義することができます。このゴールは「MAU」という指標を「1000万」という目標と「2018年のQ4」という時間の制約に結びつけています。これは、プロダクトチームが何を達成したいのかを明確に定義しています。

ゴールはシンプルで、行動が起こせるもので、到達できるものであるべきです。同時に、実はこれがいちばん重要なのですが、簡単に計測できてモニターすることができるものであるべきです。

それでは、ゴールを設定する時の6つのアドバイスを以下に紹介します。

1. 時間の制約のあるゴールを選ぶ

例えばQ1の始めまで、今年度の終わりまでといったように。時間の制約を付ける必要があります。これなしには人に説明責任を追わせることはできません。

2. 異なる期間ごとに異なるゴールをセットする

会社のビジョンとミッションに合う長期的なゴールと、それを実現するための具体的で短期的なゴールを同時に持つ必要があります。

3. 高いゴールを設定する

ゴールを設定する時に、「80-20」と「50-50」というタイプがあります。

「80-20」ゴールは80%の確率で達成できそうなゴールです。こうしたゴールは到達可能で成し遂げたときにはチームのモチベーションは上がります。しかし、これはチームがもっと高い場所に行くためには助けになりません。

その場合、50%の確率で達成できそうだという「50-50」タイプのゴールを設定することになります。これは達成するのが難しくなりますが、達成したときにはもっと満足できます。

どういうゴールを設定するにしても、簡単に達成できるようなゴールを設定してはいけません。高いゴールを設定することなしには、チームは自己満足に陥ってしまい、最終的にはプロダクトが落ちぶれていくことになります。

もしゴールをいつも達成できているというのなら、それはあなたがゴールを低めに設定しているということです。

4. 具体的なゴールを設定する

ゴールは計測可能であるべきです。顧客をハッピーにする、などといった曖昧なものではだめです。具体的で、時間の制約があり、数値として評価できるゴールであるべきです。

5. ゴールを書くときには、どうやって行うかということを書いてはいけない

具体的に何をやるかは、ロードマップやイニシアチブを計画する時や、ボトムアップ(下のレベルから)という視点からは重要になりますが、ゴールを設定する文章はシンプルでハイレベルであるべきです。

6. ゴールを設定するのはサイエンスでありアートでもある

ゴールを設定しようとするとき、たくさんの「知らないこと、まだわかってないこと」がでてきます。

例えば、マーケット、競合、顧客をどう繋ぎ止めればよいか、新しい国に進出するにはどうしたらよいか、といったことがまだよくわかっていないかもしれません。そしてこのことがどう重要な指標に影響するのかわからないかもしれません。

ここで忘れてはいけないのは、指標を選び、ゴールを設定するのはサイエンスでもありアートであるということです。


以上、要訳終わり。

あとがき

冒頭にも述べましたが、Kaizen(改善)とは英語の世界でも通じる日本語です。これは日本の製造業が得意としたことだったからです。そしてその原点は、エドワード・デミングが1950年代に日本に持ち込んできた統計的品質管理というもののおかげです。ここから、数字を使って製造工程を改善していくことが日本の製造業の文化となったわけです。

しかし、それから70年たった現在、このKaizenはシリコンバレーの十八番となってしまいました。

Googleであれ、Facebookであれ、Netflixだれ、シリコンバレーで成功している企業はどこでも、ユーザーから集めたデータを探索的データ分析し、仮説を構築し、仮説の実験を行い(A/Bテスト)、それを評価した上でプロダクトの改善を行なうということを、ものすごいスピードで毎日のように行っています。

ソフトウェア、インターネット、モバイルといったテクノロジーの進化によって、「改善」をものすごい速さで、さらにより的確に行っていくことができるようになったのです。

戦後から40年ほど続いた日本の製造業の黄金期を支えたのが「改善」であれば、現在のシリコンバレーのソフトウェア企業の黄金期を支えているのも「改善」であると考えると、なんとも皮肉なものだと思います。

しかし、これは逆に考えると、日本人にもできることであって、逆に本来は得意とすることなのではないかと思います。

そこで、まずは、「改善」の基本である、「指標」をしっかりと定義し、ゴールを設定してモニターしていくというところから始めるべきではないでしょうか。

あなたの、「指標」は何ですか?


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