今回の来日時のデータリテラシー・セミナーでは、データインフォームドな組織を作るために必要なデミング哲学の解説を行います。
来日の際に多くのお客様とお話する機会があるのですが、その際に「データドリブン」という言葉をよく耳にします。
みなさん、データを使ってビジネスを改善したいという意気込みが強く、それは素晴らしいことだと思います。これまでのように直感や経験に頼るのではなく、データを使って客観的に判断できるようになりたい、これまで気づいていなかったことに気づけるようになりたいなど、データを使うことでビジネスを改善していきたいという期待を多くの人達が持っています。
ところが、ここで残念なお知らせがあります。
それは、いわゆる「データドリブン」を目指す限り、あなたの組織はいつまでたってもデータを使う文化を形成することができないということです。
実は、データを使う目的は知識を得ることです。そしてここで言う知識とは、予測に役立つものを意味します。予測に役立たないのであれば、それはただの情報です。
ビジネスの改善には予測が切っても切り離せません。
よく考えれば当たり前の話で、みなさんも毎日のように行っていることです。
などなど。
これらは全てある行動(または施策)を行えば、ある結果が得られると予測しています。
ただ、本当に予測した結果が得られるかどうかはわかりません。
そこで、こうした行動を起こす、または施策を打つという形で、つまり実験をしてみることになります。まずは、やってみようということですね。
ここまでは、多くの人ができることです。もちろん、中には口だけでなかなか行動に移せない人もいますが、この記事を読んでいる皆様の多くは、とりあえずやってみる、ということに対して抵抗が少ない人達だと思います。
しかし、問題はこのやってみた後です。
やったはいいが、それがほんとうにうまくいったのかどうかよくわからないのです。
いや、うまく行ったと思いこんでしまっている。
もしくは、やったことで満足感を覚え、その結果はどうでもよくなってしまっている。
という人たちが多いのではないでしょうか。
「いや、ちょっと待ってください、西田さん。うちはちゃんとダッシュボードを使って定期的に指標を見ています。自分たちの施策がうまくいってるかどうか、ちゃんと指標を使ってモニターしています。」
という人もいるでしょう。
その取組みはすばらしいですね。自分たちのビジネスが改善しているのかどうかを判断するための指標を定義し、モニターし始めることができているわけですから、「データを使ってビジネスを改善する」ための一歩を踏み出せているということです。
しかし、実はこれこそが「データドリブン」の落とし穴なのです。
その指標の数字を見て、例えば自分たちのサービスへのサインアップ数が直近の月50件だったとしましょう。
これを元にどう判断しますか?
自分たちの行った施策、または日々の活動に効果があったということなのでしょうか?
ここでたいていは前月比を見ます。
例えば、前月比15%アップとかいうやつです。
すると、数字が「上がった」のだから良くなった、つまり施策に効果があったということで、この施策を行い続ける、またはさらに強化します。例えばFacebookへの広告であれば、広告量を増やすなど。
すると、翌月になると今度は前月比10%ダウンという結果が出ました。
そこで、どうなっているんだ、ということでみんなでその原因を探し回ることになります。
しかし、調べてみたところ特に何かこれといって悪くなるという理由は見つかりませんでした。
むしろ広告の数を増やしたくらいしか違いがありません。
それでもあなたの上司はなぜ「下がった」のか、その原因を突き止め、さらに対策を取ることを求めるので、あなたは適当な理由を探して、それらしい対策を行うととりあえず報告します。
そうこうしているうちに次の月が来ました。すると今度は10%アップということになりました。
そこで、対策がうまくいったということで、上司はあなたを褒め、あなたは上司の「強力」なリーダーシップを褒め称えます。
しかし、その年の終わりに1年を振り返ってみるとこんなチャートが見えました。
よく見ると1年を通してサインアップ数は上がったり下がったりしていたのです。
そして上がったときに喜び、下がったときにあたふたし、何らかの対策を打ってきたのでした。
そこであなたに質問です。
そもそも当初効果があると思って行った施策はほんとうに効果があったのでしょうか。
サインアップ数が下がった月の翌月に無理やり打った対策はほんとに効果があったのでしょうか?
さらに、こうした施策や対策を打っていなければ、事態はもっと悪くなっていたのでしょうか?
デミング氏と長年に渡って共に、主にアメリカを中心に多くの企業に対して統計的ビジネスプロセス改善のセミナーやコンサルテーションを行ってきたドナルド・ウィーラー氏によると、こうしたやり方は「迷信」だといいます。
それは、データのばらつきを全く理解していないからです。
データの使い方を間違っているからです。
データを使う目的を勘違いしているからです。
データを使うにはまず最初にばらつきを理解し、そのノイズを取り除かなくてはいけません。そうして初めて、データから「うまくいっている」または「悪くなっている」といったシグナルを見つけることができるようになります。
指標の値を、例えば前年、前月、平均、ターゲットなど、何か恣意的に決めたものと比べても、それはただのノイズでしかないのです。
つまり、データドリブンになろうとして、色々指標をつくり、見始めたところ結局その数字の変化に毎月追っかけ回され、ノイズをシグナルだと勘違いして無意味な対策を立てたり、適当な言い訳に追われることになってしまい、そのうちだんだんと追い回されることに嫌気が差し、多くの人が肝心の指標を見なくなるようになってしまうのです。
ゴール、ターゲット、指標を与えられると人々は次の3つのうちのどれかの行動を取るようになると言われています。
そしてデータドリブン、つまりばらつきを理解しないまま毎月指標のばらつきに追いかけ回されていると、人々は2または3の行動を取るようになってしまうのです。
これが99%のデータドリブンプロジェクトが失敗する理由です。
データを見ていても、データのばらつきに振り回されストレスが溜まるだけで、ビジネスの改善に向けて実際何をすればよいのか、何の知識も与えてくれないので、そうなるのは当たり前です。
それでは、データにドライブされるのではなく、逆にデータを使ってビジネスを改善していくというのはどういうことなのか、そのためには何をすればよいのでしょうか?
実はその答えは、エドワード・デミング氏が晩年、それまでの彼の日米での多くの企業を支援する中で得た学びをもとに彼の哲学をまとめた「Out of Crisis」という本の中にあります。それは「System of Profound Knowledge(深遠なる知識のシステム)」としてまとめられているのです。
その哲学は、以下の4つからなるものです。
今となっては、日本ではデミング氏の名前はせいぜい「デミング賞」として聞くくらいで、多くの人にとっては彼の貢献や哲学は忘れ去られたものとなってしまいました。
しかしデミング氏はアメリカだけでなく、日本においても、そして製造業における品質だけでなく、ビジネスのオペレーションにおいてもデータを使った継続的な改善を行う方法を多くの企業に伝授したという点で、非常に大きな貢献をしました。
第2次世界大戦中は、統計的品質管理の手法を使ってアメリカ製造業が大量の武器を高速に生産するための仕組みを作り、アメリカが日本に戦争で勝つことに貢献しました。しかし戦後、日本に来た同氏は、今度は日本の製造業が統計的品質管理の手法を使って高品質の製品を大量に生産する仕組み(PDCA、QCサークル、など)を作ることを支援し、日本が80年代までにアメリカに対して経済戦争に勝つことに貢献しました。
その後はアメリカに戻り、日本企業に打ちのめされたアメリカ製造業の復活に向け多くのセミナーやコンサルテーションを行い続けました。その教えに大きな影響を受け今でも実行している最も有名な企業にはAmazon、Koch Industries、GE、フォードなど多くの企業があります。
そこで、今回のセミナーでは、企業や組織で真にデータインフォームドな文化を作っていくための最初の一歩として欠かせないデミング哲学の「深遠なる知識のシステム」について具体的なビジネスの例を用いながら解説したいと思います。
データを使い始めるとき、放っておくと気づくと、データ中心なデータドリブンな世界になってしまいます。これはビジネスの改善のヒントを与えてくれるどころか、ただみんなを混乱に陥れ、関わるみんなにとってストレスが増え、お互い責任のなすりつけが増え、さらにはデータに対する不信感が募るだけの不幸な世界です。
デミング哲学を学ぶことで、人間中心なデータインフォームドな文化を作ることができるようになります。自分たちのビジネスの継続的な改善のヒントを与えてくれる道具としてデータを使うことで、継続的な改善が可能となり、そうした改善を実感することでそれに携わる人間は成長を実感し、幸福になれる、これこそがデミング氏が求めたものでもありました。
これから自分たちの組織にデータ文化を作りたいがどこから始めていいかわからない、またはこれまで試したがうまくいかなかった、といった悩みをお持ちの方、または、データを上手く活用できるようになりたい、データの使い方、見方を学びたいという方、ぜひご参加を検討下さい。